日記のようなもの

出口はどこですか?

20190317

坂口恭平の『家の中で迷子』を読み終えた。ちゃんとつかまってないと流されるよ。みたいな話だった。どこをつかんだらいいのかわからなくて、読んでいて落ち着かなかった。

そんなに話したいことはないけど、誰かと一緒にいたいと思う。誰でもいいわけじゃない。そういう人を見つける。

今日はピアノの曲ばかり聴いていた。ピアノの音って湿ったいね。ぼくが湿ったいだけかもしれないけど。

20190315

美術館に行って、好きな作品を見つけて、それを見る時間がいい。ピカソの『魚、瓶、コンポート皿(小さなキッチン)』という作品が気に入った。バランス感覚がなくなりそうな絵だけど、妙にまとまりがある。背景はなんだかわからない。検討はつくけど。配色がいいのかな?珍しく帰りに絵はがきを買って、今も眺めてる。ル・コルビュジエの絵もよかったけど、ピカソ程のパンチはなかった。きれいにまとまっていた。デザイン的にとてもいい。ピュリスムの時代の絵がね。彼は瓶とギターが好きみたい。

美術館に行くのはいいけど、帰りに調子が悪くなったり、落ち込んだりしちゃうのどうにかならないかな。東京は刺激が強い。もう少し近いと移動の負担が減って違うのかな。美術館好きなんだけどな。

落ち着く場所で本を読みたい。未読の本がたくさんある。

仕事探さないとな。したいことはない。人に恵まれたい。そのためには、ぼくも善き人でありたい。気持ちが不安定すぎるのがつらい。今、おかしをたくさん食べてしまった。苦しい。

 

20190309

ピアノの音色がなぜ心地いいのか考えてみた。指が鍵盤に落ちるのが、雨が水たまりに落ちるみたい。そして波紋のように音が広がっていく。それで、指が鍵盤に落ちるのと、雨が水たまりに落ちるのをずっと想像しながら、ピアノの曲を聴いていた。ぼくがイメージしたことは、ピアノの音色とは直接関係ない。なぜ心地がいいんだろう?わからなくてもいいし、心地いいんだからそれでいいだろう、でもいい。ピアノが弾けたらいいな。ピアノじゃなくても、楽器ができたら楽しそう。昔ピアノを習ってたけど、自発的ではなく、やらされてた感があったからあまり楽しくなかった。生のピアノ演奏を聴いてから5ヶ月が経った。早いな。また聴きたいな。

昨日はその演奏を聴いた場所で絵や写真を見た。抽象的な絵を描く人はどんな力が働いて、あんな絵を描くんだろう?ただ色が塗ってあるだけ。坂口恭平さんは毎日のように描いてるようだ。Twitterにアップされている。病気が寛解したようで、おめでとうございます。写真はただ事実を写すだけではない。絵のようにすることができる。あまり外に気が向かなくなってるので、身の回りのものを使って何か作ってみようかな。大学の時にやったことあったっけな。写真は光画と訳した方がしっくりくると個人的には思ってる。

20190307

髪を切ってもらってすっきり。受付の人に名前と顔を覚えられて、うれしいようなうれしくないような。

雨が止んで、太陽が出て、空気がひんやりとした。気持ちいい。

ハンバートハンバートのバビロンという曲を気にいった。ベースがいいな。

気持ちが安定してきそうな兆しがある。上を向くと、小さな穴から光が射し込んでくる感じ。

生活を立て直そう。