日記のようなもの

遅咲きです

少し変化?

5月になりました。今朝は寒くなく、日中は少し暑かったです。

ぼくの生活はあまり変わりません。バイトへ行き、たまに整体へ行く。家事を手伝い、ネットを見て、本を読んで、ピアノを弾く。

YouTubeを見る時間が減りました。旅行や乗り物系の動画をよく見ていましたが、そういう動画の投稿が減り、ぼく自身もここ1ヶ月ぐらいでそういうことへの熱が少し冷めました。2月上旬に東京へ行ったのを最後に遠出をしていません。その時は大した用もなく出かけました。ぼくの遠出の大半はそんな感じです。もうそういう遠出はしなくても大丈夫かもしれません。当分できそうにないですしね。遠出しないことに慣れました。

本を読む時間が増えました。今は『生きがいについて』という本を読んでいます。ちょびちょび読んでいましたが、ツイッターでのモリテツヤさんとの会話によりペースアップしました。ありがとうございました。軽い言葉になってしまいますが刺さるのです。重く感じる時もありますが重すぎず、生きていこうと思わせてくれるところがあります。この本のことを言ったのですが、モリさんも共通するところがあります。重くは感じませんが。そして、この本を紹介してくれたfullmoonさん、ありがとうございました。

とりあえず今の生活の中でできることをして、動けるようになったら動けるように準備をしておきます。ある程度方向性は定まってきましたけど、怖いんですよね。

どうぞみなさんもお体をお大事に。

 

見えない壁

駐車場に車を停めるとお姉さんがお出迎え。お兄さんの時もある。車の状態を聞かれ、席に案内される。席が減っている。窓が空いている。飲み物を勧められる。アイスティーを頼む。お菓子と一緒に運ばれてくる。お菓子には手をつけない。次回の予約をする。作業着のお兄さんが何かを聞きにくる。空に飛行機雲。異常なし、点検終了。出入口付近のスタッフ全員にあいさつをされて店を出る。

とても気持ちのいいサービスをしてくれるのですが、どうも苦手で居心地がよくないのです。見えない壁があります。だからこういう関係性でこういう距離感を保てるのかもしれません。楽といえば楽ですし、こういうお店ではこうでいいと思います。

ぼくは人に何を求めているのだろう。何か求めているのか?

声。声が聞きたい。誰の?わからない。声を聞きたい。ぼくも声を伝えたい。何を?わからない。声を伝えたい。

2020年3月

f:id:seaeyeci:20200330192825j:plain

f:id:seaeyeci:20200330192904j:plain

f:id:seaeyeci:20200330192930j:plain

f:id:seaeyeci:20200330193007j:plain

 

3月が終わろうとしています。世の中が大変なことになってます。大げさなことではなくて、本当に大変なんだと思います。できるだけ気をつけて生活をするしかないです。あまり働いてなくて、人との付き合いが少ないぼくとしては、今のところ大きな影響はないです。いいんだか悪いんだか…

しかしぼくとしましては、この退屈すぎる生活を変えたい気持ちが少しずつ大きくなっています。そのせいなのか、最近症状の出方が強いです。体からの警告だと捉えているので、変えざるを得ません。怖いけど。本当に怖いけど。

今の大変な状況が過ぎ去った後、世の中はどう変化するのか。戻るだけなのか、何かが見直されるのか。過去の経験からあまり期待できないですけど、どうなんでしょう。

都会に住んでる方、ぼくのように暇人ではない方は特に、気をつけてお過ごしください。

 

読んでください

感情を出すことは大切ですが、感情的になって自分を傷つけてしまうことはもったいないことですね。と、他人事みたいに自分のことを言っています。もったいないとわかってからも、やけになって傷つけてしまいました。それはきっと、かわいそうな自分を見て、というアピールでもあったのだと思います。それはすごく無駄なことでした。10代20代を取り戻すことはできません。悔やんでもどうにもなりません。感情的にならず、過度に恐れず、冷静に物事を進めていくしかありません。しかし厄介なことがあります。不安が勝手に向こうからやって来るのです。昔は勝手に不安がって、それを増幅させるだけでした。コントロールができません。去ってくれるのを待つしかないのです。でもたまにある言葉を心の中でつぶやくと、ふっと楽になることがあるんです。思い出してみようとしましたが、うまく思い出すことができません。普段は必要のない言葉なのかもしれません。

おっ、句読点含めてちょうど400字。切りがいいです。終わりましょう。どうでもいい自分語りですが、急に書きたくなったので、思いつきで書きました。紙のノートに書くこともあれば、Twitterにちょこっとつぶやくだけの時もあります。その時の気分です。うまくまとめようとしないことがいいみたいです。このブログを読んでくれる方が数名いることは知っています。実際に会ったことのある方もいるので恥ずかしいですが、恥ずかしいところは実際にお見せしているので今更何を、という感じですね。

終わりましょうと言ったのに終わりません。今世の中が停滞しているようです。ぼくはいつも停滞しているようなものなので、確かなことはよくわかりません。仕事を変えようと思ってたまに求人を見ていたのですが、もしかして今ではないのではないかと。また言い訳を見つけてしまったような。ぼくの仕事変える詐欺は何年も続いています。正直何をやっていいのかわかりません。求人を見ても引っかかりません。そして時々やって来る体調不良によって、あまりやりたくないことは遠ざかっていくのです。10年後20年後の自分の姿が見えません。みなさんだってわかりませんよね。妄想はできますが、現実的な姿が想像できません。なんでもいいからやると決めて、中途半端な理想などは捨てて、やっていくことが必要なんでしょうか?人生に正解なんてないと思いますが、なんとなく正解そうだと思えないと怖くて進めません。助けてください。誰も助けてくれません。自分で自分を助けるしかないんです。そんな土台ないですよ。今から作れって?

これより話は進みませんので終わります。ありがとうございました。

タイミング

書店で占星術の本を立ち読みした。石井ゆかりさんの本が入り口としていいなという印象。占いを信じないと言ってるところがいいなと思った。

ぼくが占星術を知りたいかどうかは微妙なところである。少なくとも自分がどうなのかを知りたいので、水瓶座のところだけは気になる。でも水瓶座の人なんてたくさんいるし、水瓶座に縛られたくないとも思う。ホロスコープというものがある。それをつくれるようになれば、細かく自分のことを見られるようだ。今日はこれ以上頭が受け付けなかったから買わなかった。すんなり買える時に買えばいいのかな。興味はある。YouTubeマドモアゼル愛さんの話を聴くのが好きで、たまに占星術のことが出てきてわからないから、理解したいという気持ちもなくはない。

今日すんなり買えたのは、堀江貴文の『捨て本』である。最近書店に行くたびに立ち読みをしていた。さっと読んで、さっと捨てられそうだ。とても身軽である。