残すことの負担

スマホをパソコンに繋いだ時に誤ってバックアップの復元をしてしまった。中身が以前使っていたスマホの状態になってしまった。設定はし直すだけでいいけど、写真と動画は消えた。バックアップしてあった以前の写真と動画が現れた。機種変してからの1ヶ月半は消えた。

写真や動画を撮影して、それを残して所有して、何の意味があるのだろうかとよく思う。ぼくにとって大切な記録なんてほとんどない。インターネットという名のゴミ捨て場に捨てて、それでさようならでいいんじゃないかと思う。どんどんデータが増えていって、容量がどうのバックアップがどうのと煩わしい問題が増えるのは負担でしかない。そんなに過去を残せない。過去はある程度忘れた方がいい。気が狂う。

このブログは時々過去を見返すために始めた。矛盾。紙に書いても捨てる。物は捨てたくなる。Twitterは過去を見るのがめんどくさい。もしかすると過去を見やすくするアプリがあるかもしれないけど、そんなのいらない。

今年になってからあまりツイ消しをしていない。Twitterをゴミ捨て場ということにしたから、ゴミ捨て場からさらに消す必要はないんじゃないかと思う。ゴミ捨て場なんだし、過去はどんどん下に埋まっていく。埋まっていって見づらくはなるけど、それでよしと言い切れないところもある。

ぼくは残すことや所有することに負担を感じることが多い。そしてすべてを手放したくなる。極端。ちょうどいい感じにできない。でも多くは背負えないから少なくするしかない。これから生きていく中でこういう選択を何度もしないといけないのも負担でしかないけど、仕方ないことなんだろうな。