日記のようなもの

遅咲きです

20190125

初めてのギャラリーで展示を見た。全体的によくわからなかったけど、街を俯瞰したようなキャラメル色の模様が気になった。俯瞰といえば、今月初めに見た松江泰治さんの写真が思い出される。あれもデザインなのかな?こう見せたいというのが初めからなければ、ああいうことはできないと思う。ぼくはよくわからないけど撮って、何かに反応して撮って、それをどうにかしたいという感じ。写真家じゃないんだから、どうにかしなくていいのかもしれないし、個人的にやればいいだけなのかもしれない。死んでから世に出る人もいる。望んでないし、ありえない。

ある程度人に頼ってもいいんだと思う。どの程度かはわからない。話は聞いてくれる。そういえば距離感の取り方を間違えて逃げられたことがあった。あれはもうしたくない。でも慎重になりすぎない。自分のことは自分で救わないといけないけど、自分だけで救うのは難しいと思う。このままだと何も変わらない。少しずつ状況は悪くなっていくと思う。少しでも今までとは違う動きをしないといけない。ぼくが動かないと始まらない。どうにかなるかもしれないし、どうにもならないかもしれない。どこに向かってどう動くべきなんだろう?何もしたくないわけじゃないし、生きるためにはある程度稼がないといけない。雇用形態にはそんなにこだわらないけど、時給の安いアルバイトではひとり暮らしができない。そういう仕事しか務まらないように感じてしまう。それ以下かもしれない。どれだけ自分を下に見るんだよ。いつまでも親のお金に頼れない。頼りたくない。自尊心の低下に繋がる。正社員を目指さないといけないのかな?プライベートの時間があまり取れないような働き方はあまりしたくない。夜はゆるやかに眠りにつくための時間にしたい。一緒に住む人がいれば、話しながら食事をしたい。ぼくにとって食卓とは、怯えるか閉ざすかして過ごすことの多い場だった。

今日は昼前にうどんを食べ、帰ってから残り物などを少し食べただけだった。もう少し食べた方がいいのかもしれないけど、気持ちはいつもより満たされた。ゆっくり帰りながら、その気持ちをかみしめた。